優しくなくちゃダメですか?/ひよこボタンに思うこと

ひよこボタンに感じるもやもや

あさイチで、イノッチ発案の「ひよこボタン」の話題が取り上げられていた。

「ひよこボタン」とは、子連れのお母さんが電車や飛行機で子どもが泣いてしまうことを気にして恐縮してしまうことに対し、「迷惑ではないよ、大丈夫だよ」ということを意思表示するために、押したら「ピヨピヨ」という音が鳴るというボタンです。

自分の中には、明らかにもやもや感があるものの、

テレビで紹介されている反対意見(うるさくなるなど)はぴんと来なかった。

 

私が感じているもやもや感は、

導入されたら「押さなければひとでなし」という無言の圧力が発生するにちがいない

という想像から来るもののように思う。

 

優しさの強要とでもいうべきか。

子供が泣いているのを聞いて、うるさいなぁといらいらすることすら許さない、がちがちに縛られた暗黙のルールができてしまうんじゃないか?

 「迷惑だ」と感じているのに、マナーとして「迷惑じゃないですよ」という意思表示をさせられるようになるのではないか?

そういう想像。

 

いらいらすることくらい自由にさせてほしい。

表面にあらわさず、心の中で舌打ちするくらい許してくれよ。

…と、子供の声が苦手な私は個人的に思う。

 

ネガティブな感情は存在ごと否定するような空気も感じて、

だからすごくもやもやしているんだけど、

そういうことを考えてしまう自分自身にももやっとする。