「家族」は免罪符にならない /カルテット3話

昨夜のドラマ「カルテット」が最高に良かった。

 

昔、幼い娘を利用して詐欺をはたらいた父親が亡くなり、

父親のいる病院の近くまでは行ったものの通り過ぎるすずめちゃんを見つけ、

真紀さんが追いかけていく。

 

平凡な脚本家だったらきっと、父親のところに行かなきゃと説得して、

「あーあ」とがっかりするシーンになっていたと思う。

しかし坂元裕二はやってくれた。

(大好きな脚本家さんなので、「やっぱり!」と「さすが!」の念を込めて)

 

行きたくない素振りを見せつつも「家族だから、行かなきゃだめかなあ」「父親が死んだのに行かないってわけには…」と呟くすずめに、

「行かなくていいよ、帰ろう、いいのいいの」と手を取って真剣な顔で力強く言う真紀さんが、女神に見えた。

 

2/7(火)までは、下記サイトで無料で見られるようなので、よろしければぜひ。

www.tbs.co.jp

 

 

「手術ですね」と言われてまず考えたこと

子宮筋腫卵巣嚢腫が判明し、手術が必要だと告げられたとき、

いちばん最初に考えたのは「私ひとりでなんとかできるだろうか」ということだった。

 

ネットで体験談を読み漁っては、入院はいけるけど手術は立ち合いが要る…?など、

とにかく自分ひとりで動くことを前提にいろいろと考えて考えて、

ただでさえ思ってもいない病気が見つかって精神的に不安定なのに、

なんでこんなにひとりでがんばらなれければいけないのかと心が折れそうになる。

 

肉親に打ち明ければ、入院中のあれこれを手伝ってくれるだろうけれど、

病気になったのはお前に原因があると言われるのは目に見えているし、

これ幸いと、干渉するきっかけにされかねない。

それが嫌だから、こんなにも自分だけで完結させることに執心しているのであって、

そもそもそんなことを考えざるをえない状況が異常なんだよ!と怒りを覚える。

 

私はもう、今後一切肉親にかかわりたくない。

昔のように死んでほしいとか思わないから、ただ私に関わらないでほしい。

そう願っていることを、強烈に思い知った。

わたしが決めるということ / あのひとは蜘蛛を潰せない(彩瀬まる)

親にかけられた呪縛と戦っている人は、この主人公は自分だ、と思うだろう。

 

温かいごはんを毎日用意し、娘が帰るまで食べずに待っていたり、

高価な服や化粧品を買い与えたりと過保護な一方で、

「頭が悪い」「脚が太い」とけなす言葉を放つ。

 

そんな母親と二人で暮らす28歳の主人公の梨枝は、

息苦しさを感じつつも、母親から離れることができずにいる。

幼かった息子を亡くし、夫が愛想を尽かして出ていき、

女手ひとつで育てた息子も結婚を機に家を去る。

そんな母を「かわいそう」に思って。

 

しかし、大学生の三葉くんと付き合いだしたのをきっかけに、

梨枝は家を出て、少しずつ変わりはじめる。

 

「きちんと」「ちゃんと」しなきゃと、

実体のない規範に縛られている梨枝を、とても痛々しく感じる。

その一方で、それはまるで自分自身の鏡写しなのだ。

 

「正しさ」なんていうものは絶対的に存在するわけじゃない。

他の誰でもない、わたしが、自分で決めるのだ。

傷つきながらその結論にたどり着く姿に、力をもらう。

 

特に、過保護な親に息苦しさを感じている人にぜひ読んでほしい。

毒にも似た歌詞の鮮烈 /スガシカオ

本音と建前なんて言うけれど、

「思ってても言っちゃいけないでしょ、それ」な本音を

グロテスクではなく爽快に表現するのがスガシカオの魅力。

 

最新アルバム「THE LAST」に収められている

「あなたひとりだけ幸せになることは許されないのよ」は

タイトルからしてもう、その真髄がだだ漏れている。

 

誰もが経験のある後ろ暗い欲望や感情。

持っていない振りをしたくなる、そんなカタマリたちを、

何でもないことのように彼は歌う。

 

自分だけではないということの救い、などと言うと陳腐だけれど、

真っ白にキレイで真っ当な人間じゃないのは、何も自分だけじゃないのだと、

どこか許されたような気持ちになる。

 

そうした影の部分を鮮やかに切り取ってみせる一方で、

NHK「プロフェッショナル」のテーマ曲である「Progress」のような

メッセージソングを書き上げるという才能の振れ幅もまた、

スガシカオにハマる一因だったりするのだ。

 

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「アルバム視聴会」と題されたライブから約1年が経ったけれど、

耳を傾けるたびに、何度でも視聴会のときの衝撃を思い出す。

デビュー20周年を迎えてなお、エッジの効いた彼の最新作です。

生きづらさに寄り添う音楽 /Lyu:Lyu(CIVILIAN)

しんどくて、大好きな本を開く気力すらないとき、

いつも音楽に助けられてきた。

 

つらいときに聴くのは、前向きなメッセージ性の強い音楽よりも、

作り手も自分と同じように苦しんでいることが感じられる、

人によっては「ネガティブ」と言われるだろう曲たちがいい。

Lyu:Lyu(11月にCIVILIANとしてメジャーデビュー)は、

間違いなくそういうときに聴くべきバンドだ。

 

「他者と関わりたいけどうまく関われない、だから関わりたくない、でも…」

みたいな矛盾感を抱えているひとは、共感性が高いんじゃないかと思う。

私の語彙力ではうまく説明しきれないのがもどかしい。

下にYoutubeのリンクを貼っているので、とりあえず1曲聴いてみてほしい。

彼らの曲は、もしかしたらあなたを救う曲になる。

私にとって、そうであったように。

 

Youtubeにアップされていない曲もいっぱいあるので、

ちょっとでも琴線に触れた人がいらっしゃれば、アルバムも是非。

格好良くて憧れる女性主人公モノ /Unforgettable 完全記憶捜査

最近は邦ドラマも良作がちらほらあるけれど、

刑事モノはやっぱり海外ドラマに軍配があがる。

 

中でも「Unforgettable 完全記憶捜査」はかなりの大当たり。

一度見たものを"すべて"記憶してしまう主人公・キャリーが

重大犯罪捜査課の一員として活躍するのだけど、

彼女がとにかく格好良くて仕方ない。

 

今回見たエピソードでは、テロリストに占拠されたビルの中で、

得意の記憶力を生かしつつ、アクションを繰り広げる。

丸腰の彼女が、ドアごと犯人に体当たりするシーンは、

同性でありながら、あるいは同性だからこそ、惚れ惚れする。

 

最新シーズンは打ち切りされたらしいというのがとても惜しい。

まだ観ていないシーズンをちびりちびりと楽しんでいこうっと。

 

事実とは何か /遠野物語 奇ッ怪其ノ三

脚本家が前田知大さんということで観劇。

イキウメ・カタルシツ以外で、彼の脚本を観るのは初めてだったが、

期待を裏切らない面白さ。

 

「標準語」以外で語ること・記すことが弾圧され、

フィクションが「妄想・虚妄」として取り締まられる世界。

冒頭の「過去であるかもしれず、未来かもしれない」の台詞が刺さる。

 

科学的に証明できないことは嘘だ、虚妄だと警官は言う。

しかしヤナギダの著作は、ササキが語ったことをそのまま書き起こしたものであり、

ササキ(あるいはササキに語った人)にとっては、それは「事実」なのだ。

たとえそれが、科学的に立証できない奇怪な現象だとしても。

事実であるかどうかは、経験した本人が決めることだ。

イノウエが、妻の失踪を神隠しとして片付けられるのを拒否するのも、

同じことの裏表でしかないように思う。

 

話はまったく変わるが、ササキが他者の話を語るときに、

「思い出している」ような感じだと言っていたが、

カタルシツの「語る室」のときも同じような台詞があったなぁと。

「想像することは思い出すことだ」。

人類が共有する記憶のプールにアクセスするという途方もない話だったけど、

「分からないけれど、分かる」という感覚を引き合いに出されると、

たしかにそういうことってあるよなと思わされてしまう。

 

俳優陣のインパクトでいうと、瀬戸康史ダントツ。

これまでアイドル俳優という印象だったのが申し訳ないぐらい、

東北の訛りがほんとうに上手く、おばあちゃんとの絡みもよかった。

 

遠野物語」読んだことがなかったけれど、読んでみたくなった。